長距離界で注目されている吉田響(よしだひびき)選手。
しかし、東海大学駅伝部をわずか1年足らずで退部・退学したことで、「なぜ?」「理由は病気?」「転校の真相は?」と、多くの疑問が広がりました。
吉田響選手が東海大学を離れた主な理由は、
健康面・精神面での不調、そしてチームの指導方針との不一致です。
2022年11月頃には周囲との意識の差を感じ始め、精神的に走れる状態ではなくなり、環境の変化が必要と判断。
その後、2023年2月に東海大学駅伝部を退部し、再出発のために 創価大学へ編入 しました。
この記事では、
- 吉田響選手の退部理由の真相
- 転校(編入)理由
- 病気・怪我の噂の真偽
- 現在の活動
- 中学〜大学までの経歴
- マラソン選手としての将来性
を、わかりやすく総まとめしていきます。
吉田響が退部した3つの理由
退部理由① 転校が関係している?
最初にお伝えすると、吉田響選手の退部は「転校を前提にした決断」ではなく、心身の状態が続かなくなったことが主なきっかけとされています。
退部・退学を考え始めた段階では、競技を続ける意思がほとんどなく、進路を決められない状況だったと紹介されています。
退部後、創価大学の瀬上総監督や榎木監督から声がかかったことをきっかけに、編入試験を受けて創価大学へ進む選択を取ったと語られています。
創価大学では再び陸上に向き合う気持ちを取り戻し、「山の神を目指したい」という前向きな姿勢も見られています。
転校は退部の直接的な原因ではなく、新しい環境で再出発するための結果として生まれた動きとされています。
退部理由② 病気や怪我の噂
吉田響選手はSNSで「健康面そして精神面が安定しなくなった」と明かしており、体調に大きな負担がかかっていたことがうかがえます。
睡眠がとれない、食事が進まないといった状態に近い情報も紹介されており、精神的ストレスが日常に影響していたと考えられます。
医療的な診断名や特定の病名については公表されていません。
怪我についても明確な報道はなく、「病気」というより、競技への理想と現実の差からくる精神的な疲労が心身を弱らせていたという説明が中心です。
競技に向き合う気力を保つことが困難になり、退部を選ばざるを得ないほど追い込まれた状況だったと見ることができます。
吉田は自身のSNSを通じ、「健康面そして精神面が安定しなくなり、退部、退学をせざる得ない状況になってしまいました。幸い縁があり、創価大学で競技を続けることができるようになりました。山の神という目標にまた、チャレンジできること本当にうれしく思います」とコメントしている。
引用元:月陸online
退部理由③ 成績やモチベーションの変化
吉田響選手は1年時の箱根駅伝で5区区間2位の快走を見せ、大きな期待を集めました。
しかし、その後の起用機会や結果が思い描いたものと異なり、競技者としての理想と現実のバランスが揺らいでいったとされています。
三大駅伝で思うように力を発揮できなかったことや、チームの競技観とのすれ違いが重なり、精神的な負担が増していったという見方が一般的です。
成績の低下そのものが退部の理由とされたわけではありませんが、環境とのミスマッチや心身の不調によって意欲が落ちていったことは確かで、目標へ向かう気持ちが徐々に弱まっていったと整理されています。
退部理由 まとめ
吉田響選手の退部は、転校を目的としたものではなく、心身の状態が限界に達したことが中心にあると理解されています。
精神面と健康の不調、競技観のズレ、理想と現実の隔たりなどが積み重なり、退部と退学という大きな決断に至ったと見られています。
その後、創価大学で新たなスタートを切り、再び競技に向き合う姿勢を取り戻している点が大きなポイントです。
環境を変える選択が前進につながった例として、今後の成長に注目が集まっています。
吉田響の私生活について
彼女はいるの?
最新の情報では、吉田響選手に交際相手がいる事実は確認されていません。
複数の情報源でも恋愛に関する話題は報じられておらず、大学時代から現在まで陸上に集中して過ごしてきたと紹介されています。
外見やセンスが評価される場面は多く見られますが、競技生活を優先している様子がうかがえます。
家庭環境について
吉田響選手の家族構成や両親の職業など、家庭に関する詳細な情報は公開されていません。
ただし、Xへの投稿では、競技生活を支えてくれた人へ感謝を伝える内容があり、身近な支援者の存在がうかがえます。
兄弟に関する情報も見当たらず、一人っ子の可能性が高いと推測されています。
現在は実業団サンベルクスで活動し、日常の大部分を競技とトレーニングに充てている点が特徴です。
吉田響の現在
吉田響選手は実業団サンベルクスでプロランナーとして活動し、駅伝・マラソン・トレイルの三本柱で競技に取り組んでいます。
大学卒業後に環境を大きく変え、競技の幅を広げながら成長を続けています。
所属チームについて
吉田響選手は2025年春に創価大学を卒業し、サンベルクスとプロ契約を結びました。
駅伝での活躍が特に評価されており、東日本実業団駅伝やニューイヤー駅伝では重要な区間を任されています。
ニューイヤー駅伝2026では区間新記録を樹立し、22人抜きという圧巻の走りでチームの上位進出に貢献しました。
プロとしての自覚を持ちつつ、多様な競技に挑戦する姿勢が強みになっています。
マラソンについて
吉田響選手は現在、マラソンにも本格的に取り組んでいます。
初挑戦は大阪マラソン2026とされ、初マラソンで日本記録に迫るタイムを狙う意欲を示しています。
ハーフマラソン並みの高い巡航スピードと箱根駅伝2区で記録した日本人最高タイムが武器とされ、将来はロサンゼルス五輪のメダル獲得を目標に掲げています。
トレイルとの二軸で活動する点も特徴で、総合的な走力の向上を意識した取り組みが続いています。
吉田響の走り方
吉田響選手のフォームは、上下動の少ないリズムの良い走りが持ち味です。
身長161cmの小柄な体格を生かした細かいピッチと体幹の安定感により、向かい風や上り坂でもバランスを崩さずに進むことができます。
大臀筋を意識した推進力のあるフォームを取り入れており、高速ペースでもフォームを維持できる点が評価されています。
トレイルや山岳区間でも安定した走りを見せるため、マラソンでも大きな伸びしろがある選手として注目されています。
吉田響とは?プロフィールと経歴
吉田響選手は高校時代から長距離区間で高い評価を受け、大学時代には箱根駅伝で歴史的な記録を生み出した注目のランナーです。
学生時代の積み上げが現在のプロ契約につながった形で、持久力を武器に今後の成長にも期待が高まっています。
基本プロフィール
- 生年月日:2002年8月20日
- 出身地:静岡県御殿場市
- 所属:サンベルクス
- 身長・体重:161cm・46kg
- 学歴:東海大学附属静岡翔洋高校 → 東海大学体育学部(中退) → 創価大学経済学部卒業
- 主な記録:5000m 13:39.94/10000m 28:12.01/ハーフ 1:01:45
- 特筆実績:第101回箱根駅伝2区 日本人歴代最高(1:05:43)
吉田響の中学時代の実績
吉田響選手は中学時代の具体的な大会成績こそ公表情報が限られていますが、地元静岡で陸上に熱心に取り組み、長距離の潜在能力が早期から評価されていました。
高校進学後に全国レベルで活躍している点から判断すると、ジュニア期に地域大会や駅伝で存在感を示していた可能性が高く、基礎的な走力を中学生の段階で固めていたと考えられます。
これらの下地が高校・大学での飛躍につながり、現在のプロランナーとしての土台を形作っています。
まとめ
吉田響選手は中学時代から長距離分野で評価され、高校・大学で実力を伸ばしてきたランナーです。
箱根駅伝で歴代記録を残すほどの力を持ちながらも、東海大学陸上部では健康面や精神面の不調が重なり、指導方針とのズレも抱えていました。
その結果、競技を続けるうえで最適な環境を求め、東海大学の陸上部を退部し退学という決断に至りました。
環境を変えることで競技への集中を取り戻すことを目指し、創価大学へ編入後も実績を積み重ねています。
2025年からはサンベルクスでプロランナーとして新たなステージに挑戦しており、今後の飛躍が期待されています。


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